カネ大七

カネ大七

カネ大七とは

大門通り

東京の鉄商の源流は神田岩本町から日本橋堀留町にいたる幅員10m足らずの「大門通り」と言われている。
しかし関東大震災以降になると、京橋八丁堀界隈に鉄商たちが移り始め、やがては神田に劣らぬ鉄野街をかたちづくっていくのである。
その、草分け的な存在として大野宗太郎氏(大野興業創業者)がいる。
ここには、数多くの名だたる鉄商が育ち、そして巣立ち東京の鉄商の歴史を作って来た。
弊社の創業者である宮田外市も、大野興業の奉公人であった。
宮田外市は戦後宮田鋼材商会として独立し、その十年後「株式会社宮田鋼材」に改組するのだがその時に、大野興業の屋号「カネ大」の使用許可を願い出て七番目の暖簾わけとなる「カネ大七」の屋号使用の許しを得たのである。